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心臓手術における輸血開始のタイミング [抄読会]

Transfusion requirements after cardiac surgery: the TRACS randomized controlled trial.

【背景】
 心臓外科手術では同種血輸血が行われる割合が高く,その割合は40%から90%とされる.重症の貧血は心臓外科手術後の罹病率と死亡率の独立した危険因子であるが,一方で輸血はコストが著しく高く,また感染症,神経系の合併症,腎不全といった有害事象の発生や,術後の入院中および長期での生存率低下との関連が指摘されている.輸血の判断は,ヘモグロビンやヘマトクリット値に基づいて行われることが多いが,心臓手術後の輸血を開始する基準に関して,エビデンスに基づくガイドラインはない.

【方法】
 本試験は前向き無作為化非劣性対照試験である.人工心肺を用いて行われた待機的手術患者502例(除外症例は18歳未満,緊急手術,大動脈手術,慢性貧血,凝固障害,肝機能障害,末期腎臓疾患,同意拒否の患者)を対象とし,十分量の輸血を行う群と制限的な輸血を行う群に割り付けた.
 十分量の輸血を行う群に割り付けられた患者には,手術開始から集中治療室を出るまでの間,ヘマトクリット値が30%未満になった時点で赤血球輸血を行い,制限的な輸血を行う群に割り付けられた患者には,ヘマトクリット値が24%未満になった時点で赤血球輸血を行った.一次エンドポイントは術後30日間の全死因死亡率および入院中の重度合併症発生率(心原性ショック, ARDS,ARFの発症)を含む複合エンドポイントとした.ベースラインでの両群の特性および手術中における術式に関連した変数は,両群間で同等であった.

【結果】
 ヘモグロビン値は,十分量の輸血群で10.5g/dL(95%CI:10.4~10.6),制限的な輸血群で9.1g/dL(95%CI:9.0~9.2)であった(p<0.001).輸血を受けた患者は制限的な輸血群と比較し,十分量の輸血群に多くみられた(78%vs47%,p<0.001).輸血された赤血球総単位数は,十分量の輸血群で613,制限的な輸血群で258であった(p<0.001).新鮮凍結血漿,血小板または寒冷沈降物の使用に関して群間差はみられなかった.
 一次複合エンドポイントは,十分量の輸血群の10%(95%CI:6%~13%),制限的な輸血群の11%(95%CI:7%~15%)にみられた(群間差1%[95%CI:−6%~4%,p=0.85]).
 多変量Cox解析において,輸血されたRBSの単位数と術後30日間の死亡リスク上昇に関連がみられ,そのHRは1.2であった(95%CI:1.1~1.4,p=0.002).

【結論】
 輸血制限の有無は周術期予後に影響を与えなかった.

【解説】
 本試験はヘモグロビン値の輸血の閾値を8g/dL未満に設定した場合でも患者アウトカムに悪影響がないことを示したBraceyらの試験結果を追認している.この理由として赤血球輸血に副作用があること,そして赤血球製剤は酸素運搬能力が十分でないことが挙げられる.まず,輸血によって免疫修飾現象transfusion-related immnomodulationともよばれる免疫抑制が起こる.これは混入した白血球が原因であるとされる.さらに混入した白血球は非溶血性発熱反応,サイトメガロウイルス感染症,抗HLA抗体産生に伴う血小板不応症とも関連する.これらに対しては現在本邦で使用されている白血球除去血液製剤が有効であろう.一方,赤血球製剤中の 2,3 diphosphoglycerateは直線的に減少し2週間で枯渇し,その回復には輸血後24時間以上必要である.このため,酸素かい離曲線は左方移動しており組織での酸素のリリースは悪化している.さらに赤血球の形状変化能が低下しているため微小循環における酸素運搬能が低下している.よって赤血球製剤は期待されるよりも酸素運搬能が発揮できていない.一方,これらの現象は採血からの時間に依存するとされるため,新鮮な赤血球製剤を用いることによって解決できる可能性がある.

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